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松本米三郎のけはい坂少将実はしのぶ

松本米三郎のけはい坂少将実はしのぶ

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寛政六年五月、桐座上演の「敵討乗合話」に登場する役で、志賀大七に父を殺され、その敵を討つ姉妹、宮城野としのぶ。この絵は、敵を尋ねるため、けはい坂の少将という名で遊女となったしのぶを描いています。半身図で女形を描いた作のうちでは、最も穏やかな描写となっています。それは米三郎が若く(このとき二十一歳)、舞台上の米三郎の美しさをそのまま写楽が描いたためと思われます。つまり写楽は好んで異相を描くのではなく、その役者の舞台上の真を描くということを、この絵が証明しているといっても過言ではありません。また眼もとには真剣味があり、口もとにはいいしれない真実味があるのも、敵を探す娘の心の内がとてもよく表現されています。また色彩にも特徴があり、小豆色に麻の葉模様の着付け、薄紅に貝絞りの下着、紅の襦袢を懐から右手で見せた色彩は、ただ派手でなく、大きな帯の黒がぐっと引き締めています。さらに左手にもった煙管の斜めの直線が、画面に安定を与えています。 松本米三郎は、上方の女形四世芳沢あやめの子で、二世松本幸四郎の弟子の松本小次郎の養子となって松本米三郎となりました。寛政時代の人気女形でしたが、文化二年六月、三十一歳の若さで没しました。


東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)

生没年不詳
寛政6年(1794)、浮世絵界に彗星のように登場し、わずか10ヶ月の作家活動の間に140数点もの浮世絵を世に送り出すと忽然と姿を消しました。写楽は大判のしかも背景を高価な黒雲母摺という尋常ならぬデビューを果たしました。版元の蔦屋重三郎は、歌麿が重三郎の専属を離れたのちに大々的に写楽を売り出しましたが、次第に大判が少なくなっていきます。その理由として、写楽の人気役者であろうと美化せずに、ありのままを描きとる筆致は、役者ファンをはじめ当時の人々の好みに合わなかったからなのかもしれません。しかし、どれも躍動感にあふれた役者絵は見る者に強烈なインパクトを与え、海外でも高い評価を得ています


東洲斎写楽選 東洲斎写楽
写楽の作品が重んじられる理由のひとつに、その遺品が少ないということにあります。また残念ながら写楽の芸術を理解し、認識したのは日本ではなく海外が先でした。日本人が彼の作品を認めない間に、多くの作品は海外に流れ、その芸術が絶賛されたのです。昭和18年、海外から持ち帰った松方コレクションが博物館に入り、その数も増した程度であり、こうした限られた少数の作品を復刻したのがこの40作品で、いずれも写楽の大傑作です。

寸法:横21cm×縦31cm

用紙:越前生漉奉書

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